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移ろいやすい「世論」の実像

  • 執筆者の写真: 植松 大一郎
    植松 大一郎
  • 2024年11月2日
  • 読了時間: 8分

「世論」W.リップマン、掛川トミ子訳、岩波文庫 1987年初版(原著は1922年発行)




この本をなぜ読むか

米国大統領選、ブラジル選挙、インドの選挙、ジョージア選挙などの選挙、イスラエルニュース、ウクライナ報道、ロシアの動向、フェイクニュース、自民党の総裁選、日本の衆議院選挙、ガザ報道、こういうテレビニュースや新聞報道はどの程度世論に影響を与えるものなのか。あるいはこの報道の裏には何があるのか。世論を構成する大衆・公衆はどんな力があるのかないのか、そのことが霧に包まれるごとく曖昧模糊として、分からない。特に選挙行動にどのような影響を与えているのだろう。というわけでこの本にはその種の事に関する示唆があるのではないかと思い手にした。「世論」とは何か。「世論」というキーワードはどれ程重要なのか。リップマンの本ともう一つ「マッカーシズム」(R.Hローピア著)はアメリカの政治の一端を垣間見させてくれるものだ。理解しやすいことを期待して読んだのであるが、なかなか難しい本である。また、なかなかとらえどころのない本である。本当によくわかったかと言われれば分かりにくいとしか言えないが、中間的なまとめとして報告していきたい。またさらにこの本だけでは理解できないのでリップマンのすぐこの著の後に書いた「幻の公衆」(川崎義紀訳、柏書房2007年、原著1925年)も読む。



「世論」という本

この本は生半可に軽く読めるような代物ではなかった。1910年だから30年代辺りの世界の政治情勢を知らないと書いてあることもほとんど理解できない。彼自身はジャーナリストであり学者ではない。だから論理だてて世論とは何かを書いているわけではない。色々な事件の事例を中心に解説していく中で「世論」に触れていく。具体的な話をもとにゆっくりと「世論」というテーマにじわーっと入っていく。だからこの本はすぐ性急に世論とは何かというような事を理解しようとするとつまずく。いろんな観点から「世論」に入っていくが下記にあげた①から⑥までの骨子から「世論」を説明している


①認識の枠組み

人間が何かを理解する時の心的構造について長い説明があるが、結局は人がそれぞれ持っている認識の枠があってそのなかにある対象の事柄を取り入れて、その認識の枠内において理解する、という。これは現代心理学でも言われているようなことだ。


②タウン主義

また出てきた情報というものをどう考え判断するかというテーマが次に出てくる。個々人では決して判断や見当もつかないことが色々な情報として出てくるが、一般の人では考察しようとしても、自分の地域から遠いところで起こる問題については、自分の持っている枠組みの中で大体正しいだろうという程度のあいまいな考え方で済ませている。ここで彼が強調するのはアメリカの政治だ。アメリカの独立当初の政治状況というのはタウン主義と言って、自分のタウン=市町村中心の考え方である。ほとんどが顔見知りの人たちで構成されている所の狭い地域的な集団を相手の政治をアメリカの政治は行ってきたという。だから違う州の問題などは全く関与したくないし、関心もない。さらに言えば合衆国全体の事などはまったくもって関係ないことであるという。(大世界と小世界)


③新聞

しかし新聞も資本主義の世界にどっぷりつかっているので、読者がこれからも購買者でいてくれるための記事を書く。これは現代でもそうである。だから事実といっても真実であるかどうかは分からない。特に新聞として読者が付いてくれるような記事が必要なだけであって、真実かどうかよりもむしろそういう利益優先的な考え方が支配される。だから新聞はある種の事が起こったという合図でしかないという。これもその通りと思う。

この本に戻れば新聞は有力な「世論」を形成する道具である。世論を導ていく。だから政治家はこれを使う。


④外交官

特に外国の事情に関しては政治家は外交官の情報を利用する。また外交官は政治家を利用しようとする。そういうことは外交官としてはふさわしくないと指摘している。情報を出すのは外交官でありその情報に基づいて決断し行動するのは政治家だ、という。


⑤教育

これは主に「幻の公衆」のほうである。民主主義について学校教育はしているのだが、有能な市民を育てるためにということである。その有能な市民は種々の政治的判断において正確に、知的に対応できるようにするためにそういう教育をしているわけだが、実際のところ、彼の考えによれば、そんなことははっきり言って無理であり不可能である。選挙の時でさえその若き市民は政治家のありとあらゆることを知ろうとはしていないし、そういう時間もない。調査するにしても手段はない。その民主教育をする人が大きく誤っているのは、その時間の問題と調査手段の問題である。民主的手法が絶対に正しいと思っている人にはやや耳が痛い。


⑥内部の人間と外部の人間

内部というのは例えば行政の執行役の人たちである。外部の人とは部外者である。この部外者が公衆なのである。部外者は内部者のやっていることを知らないし多少分かったとしても、それは邪魔であり、おせっかいであり、必要もないことであるという。(原発の専門委員会やコロナの専門家会議など)




まとめ

全体をまとめて見る。ステレオタイプ、という言葉を知っていると思うがリップマンが最初にこの言葉を使い始めた。(平凡社、哲学辞典、ステレオタイプ参照、またウイキペディアでは冷戦という言葉もこのこのグループが初めて使ったと書いてある。リップマンの項目参照)

このステレオタイプという言葉がこの本の全編にわたって使われている。ステレオタイプというのは、今回の日本の選挙でも言われた、日本を守る、ルールを守る、手取りを増やす、経済成長させる、世界をリードする日本などというキャッチフレーズや正義、真理、国家のため、国民のため、平和のため、、、、などはほとんどがステレオタイプなのである。そういえば聴衆は納得してしまう言葉である。本当は何を言っているのか、どういう方法でそういうことが可能になるのかは全く触れずにいきなりこういう大げさな言葉を使って大衆のステレオタイプな心の枠組みへ訴える。だますといってもいいくらいである。聴衆もだまされているとも思わず納得感のある言葉なのである。これがステレオタイプということである。このこ言葉のイメージを受ける人が自分の持っているイメージの枠組みの中で理解するということが避けられない以上、こういうステレオタイプ的なことばは今後ともたくさん出てくる。因果関係については自分で調査する人など誰もいないという。言っていることが正しいかどうか、それを検証する手立ては、ほぼない。調べようとする人さえ少ない。このリップマンが書いた時代とでは雲泥の差はあるだろうが、大衆、公衆が立証することは容易ではない。但し,NHKで18歳の女子高校生が夫婦別姓を各党の公約から調べているドキュメンタリー報道があった。このように公約をしっかり新聞各紙や党の政治パンフレットなどを見る人であればある程度しっかりした判断ができるはずである。実際はそこまでする人はほとんどいない。自民党やほかの政党の言動を良く知っている評論家くらいしか分からないだろう。専門家が必要であることによってさらに我々大衆はわからなくなるのである。大体正しいんだろうなという程度である。防衛に関しても何もわからない、研究している専門家の人達くらいだ。よくわかっているのは。原発行政も同様だろう。危険や安全性に関しての知識を持っているのは専門家の限られた人達である。(これははっきりと内部と外部の差が大きいものである。壁があるくらいだろう。)

このように公衆と「世論」というのは不完全な、かつ無知な、安定しない、関心はすぐ移ろいやすい、そういう限界のあるものだ。国民主権、公衆が国の主役であり全権持っているがごとき哲学は全くあやまっていて幻想である。(ウエ-バーいうところの形式的民主主義の表明であり、実質ではない。)



結論

大衆・公衆の登場を前提として、「世論」を形成するのは、発信された情報に対して、検証できない我々という大衆・公衆が自分の持っているイメージの枠組みで理解し、共感をする事によって出来上がる。この時に象徴、天皇のような、米国国旗のような象徴がうまく機能すると共感が大きくなる。この「世論」を形成する個々の道具立てとしては政治的指導者、新聞、外交官、選挙、論争などがある。だから「世論」は誤ることも多い。過剰な情熱が発散されることもある。しかしあっという間にその情熱も他のものに移ろっていく。このとらえどころのない「世論」というものに一応、形を与えたということでは、特筆すべき著書であるかもしれない。また「世論」というキーワードからアメリカの政治を見ているのだが、原発、コロナ、沖縄、災害行政など彼の言っている通りだ。そういう意味では現在にも通用する示唆に富む本と言える。


(付け足し)

オルテガ「大衆の反逆」さらにマンハイム「イデオロギーとユートピア」は同時代に書かれている。要するにこの二冊の本は大衆・公衆が世論を形成し、政治的な運動の表舞台に登場してきたという事の確認書のようなものだ。そういう時代になった。その大衆をコントロールしようとする人たち、さらに混乱させようとする人たちも登場してきた。現在はそういうことを可能にするIT技術も発達してきた。さらに世論はコントロールされようとしている。






 
 
 

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